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新潟地方裁判所 昭和42年(行ウ)1号 判決 1969年8月28日

新潟県燕市殿島二丁目三の一四

原告

鶴巻アキ

右訴訟代理人弁護士

坂東克彦

川村正敏

新潟県西蒲原郡巻町

被告

巻税務署長

杉本三郎

右指定代理人

斉藤健

片山雅準

柿原増夫

村田良郎

小林繁次郎

徳永輝夫

田中興敏

猪浦芳夫

右当事者間の昭和四二年(行ウ)第一号所得税更正決定等取消請求事件につき、当裁判所はつぎのとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(当事者の申立)

一、原告

1  被告が、原告の昭和三九年分の所得税額について、昭和四〇年八月二四日付でなした更正決定中、所得金額三五万三、一〇〇円、所得税額四、八〇〇円を超える部分は、これを取消す。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

との判決を求める。

二、被告

主文一、二項同旨の判決を求める。

(当事者の主張)

一、原告の請求原因

1  原告は、洋食器の研磨業を営んでいるものであるところ、被告に対し、昭和四〇年三月一三日、昭和三九年分の所得税確定申告をした。被告は、これに対し、同年八月二四日、事業所得額を金五一万七、六六〇円、所得税額を金二万五、六五〇円とする更正、ならびに過少申告加算税金一、〇〇〇円の賦課決定(以下、本件処分という。)をなした。そこで、原告は本件処分を不服として被告に異議申立をしたところ棄却されたので、更に関東信越国税局長に対し審査請求をしたが、同局長はこれを棄却する旨の裁決をし、昭和四一年一一月四日付にて原告に通知した。

その経過は別紙(一)に記載のとおりである。

2  ところで、本件処分の理由は、「原告の昭和三九年分の売上(収入)金額一六〇万一、一五二円から、原林料費金二八万〇、一三〇円、諸経費金八〇万三、三六二円を各控除した金五一万七、六六〇円をもつて所得金額とし、原告の納付すべき所得税額を金二万五、六五〇円とする。」というにある。

3  しかしながら、原告が昭和三九年一月一日から同年一二月三一日までに仕入れた原材料(研磨材)費は、別紙(二)の原告主張額らん記載のとおり、合計金五〇万七、三七五円であつて、被告がこのうち金二八万〇、一三〇円のみを認め、その余を認めないで所得金額を算出し、過大な所得税を課したのは、違法である。

4  よつて、原告は、被告がなした本件処分のうち、所得金額三五万三、一〇〇円、所得税額四、八〇〇円を超える部分の取消しを求める。

二、被告の答弁ならびに主張

1  請求原因事実中、1、2項の事実は認める。3項の事実中原告主張の原材料費のうち金二八万〇、五二五円については認めるが、その余の事実は否認する。

2  原告の昭和三九年年分事業所得の算出方法はつぎのとおりである。(但し、本件処分後の再調査結果にもとづくものである。)

収入(売上)金額 金一六〇万一、一五二円

原材料費以外の諸経費 金七七万〇、三〇〇円

原材料費 金二八万〇、五二五円

差引所得金額 金五五万〇、三二七円

3  ところで、右原材料費を金二八万〇、五二五円と算出した根拠はつぎのとおりである。すなわち、

原告の事業取引に関する記帳および証拠書類の保存は粗漏であり、唯一の保存資料として断片的判取帳しかなかつたので、被告は右判取帳を基礎とし、かつ仕入先調査等を行なつて仕入額を、別紙(二)被告主張額らん記載のとおり金計金二八万〇、五二五円と算出した。これを詳論すると、

(イ) 別紙(二)の1の長岡羽布製作所について

原告は金一四万〇、七五〇円相当の材料を仕入れた旨主張するが、被告の調査によると、原告備付の判取帳には昭和三十九年分として二月一一日に金三、〇〇〇円、三月一二日に金四、〇〇〇円、九月一一日に金二、七〇〇円、合計金額九、七〇〇円の記載があるのみである。

そこで、被告は同判取帳の記載金額九、七〇〇円に、その他の月の分として推計した金二万七、〇〇〇円(同判取帳の記載額を基とした月平均額金三、〇〇〇円に年間月数一二カ月より記載月数三カ月を除した月数九を乗じた額)を加算した合計金三万六、七〇〇円をもつて長岡羽布製作所からの仕入金額とした。

(ロ) 同(二)の3の治田正枝について

原告が何人から仕入れた事実はまつたくない。

(ハ) 同(二)の5の坂上某について

原告に同人からの仕入れの記帳がなく、坂上某なるものの存在も見当らないので、同人からの仕入れの事実はないものと考える。

4  また、原告と製品の納入先を同じくする青色申告者A、B、C(巻税務署管内所在の研磨業者)を選び、その昭和三九年分所得税青色申告決算書記載の決算額から平均差益率(売上額から売上原価を差引いた額を売上額で除したもの。)を算出すると別紙(三)記載のとおりである。原告の係争年分仕入額金二八万〇、五二五円によつて算出される差益率は、八二・四七パーセントであり、右同業者の平均差益率からみても、被告主張の仕入金額の算出は相当である。

よつて、いずれにしても、本件処分は適法である。

三、被告の主張に対する原告の認否

1  被告主張2の事実のうち、原材料費の額については、否認するが、原材料費以外の諸経費の額、収入金額および所得金額算出の方法は争わない。

2  同3の事実のうち、原告の判取帳に(イ)のような記載があるのみであることは認めるが、その余の事実は争う。

3  同4の事実は争う。なお、平均差益率は、一応の判断基準を示すだけであつて、その営業に関する個別的事情を考慮しないかぎり一定の基準をもたないというべきである。

(証拠)

一、原告

甲第一ないし第三号証、第四号証の一、二、第五号証の一ないし七、第六ないし第一〇号証を提出し、証人五井市郎、五井健之介、神田敏武、青柳四郎、治田正枝、梨本勝夫の各証言ならびに原告本人尋問の結果(第一、二回)を援用し、乙第一〇ないし第一三号証の成立は認めるが、その余の乙号各証の成立はいずれも知らない。

二、被告

乙第一ないし第一三号証を提出し、証人生田起、塚田成雄の各証言を援用し甲第二号証、第四号証の一、二、第六号証、第七号証、第九号証の成立は認めるが、第三号証の成立は否認する。その余の甲号各証の成立は知らない。

理由

一、請求原因1、2項の事実は、当事者間に争いがない。

また、原告の昭和三九年分(昭和三九年一月一日から同年一二月三一日まで。以下、同じ。)の所得について、その収入(売上)金額、原材料費以外の諸経費、ならびに右所得の計算方法が被告主張2項のとおりであることも当事者間に争いがなく、本件の争点はもつぱら原材料費の金額にあるところ、別紙(二)記載のうち番号2、4、6の仕入先から原告が各仕入額相当の原材料を仕入れたことも当事者間に争いがないので、以下争いのある同番号1、3、5の仕入先からの仕入額について検討を加える。

二、長岡羽布製作所について

1  成立に争いない甲第七号証、官署作成部分については、その方式および趣旨により真正に成立したものと推定でき、五井市郎作成部分については証人五井市郎の証言により真正に成立したものと認められる乙第六号証、第九号証、官署作成部分についてはその方式および趣旨により、真正に成立したものと推定でき、鶴巻アキ作成部分については原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる乙第七号証、証人生田起、五井健之助(一部)、五井市郎(一部)の各証言および原告本人尋問の結果(一回、一部)を総合すると、

原告は、昭和三九年中、長岡羽布製作所から、研磨の原材料である羽布を、毎月二五日締切、翌月一〇日支払いの約で買掛していたが、右買掛金を右約旨にしたがいほぼ滞りなく(但し、盆、暮などは月二回支払うこともあつた。)支払つていたこと。

また、原告は昭和三九年分の原材料の取引について、個々の取引の際、相手方から受ける納品伝票等を保存するとか、金銭の支出につき、ときどき金銭判取帳(甲第七号証)にその旨を記載して受領印を受ける程度であつて、とくに右取引を明らかにするため、帳簿等に整理して記帳することをしないでいたところ、被告から本件処分を受けてから、まもなく右の納品伝票等も焼却してしまつたので、今日では昭和三九年中の長岡羽布製作所との取引関係を直接裏づける書類は、前記金銭判取帳を除いてほかにないこと。

以上の事実が認められ、右認定を覆えすにたりる証拠はない。

そして、右金銭判取帳に長岡羽布製作所関係としては、昭和三九年分として、同年二月一一日に金三、〇〇〇円、三月一二日に金四、〇〇〇円、九月一一日に金二、七〇〇円(合計金額九、七〇〇円)の記載があるのみであることは、当事者間に争いがない。

しかして、右のように唯一の資料である金銭判取帳の記載は、断片的なものであつて、毎月の仕入(買掛)代金支払の状況をのこらず記載したものではないとしても、これに前記認定の長岡羽布製作所との取引約定、買掛金の支払状況等を併せ考えれば、原告は、昭和三九年中長岡羽布製作所に対し、毎月、金銭判取帳記載の各月の平均額とほぼ同程度の仕入代金支払があつたものと窺われるから、このことから同製作所との間に同程度の羽布の取引があつたことを推認できるというべきである。

そうだとすれば、原告と長岡羽布製作所との昭和三九年中の羽布の取引額は、金銭判取帳に記載された以外の月の分として、同記載額を基とした月平均額金三、〇〇〇円(計算上の平均額は金三、二六六円六六銭となるが前掲乙六号証によれば、原告と同製作所との取引頻度は二カ月に一回程度であり、その取引額も二カ月で四、〇〇〇円すなわち一カ月二、〇〇〇円程度であつたことが認められるから、右記載のごとく、月平均額を金三、〇〇〇円として計算しても本件のように基礎資料の制限された事案においては決して不合理ではないと考える。)に年間月数一二カ月より記載月数三カ月を除した月数九を乗じた額として金二万七、〇〇〇円が推計できるので、これに金銭判取帳の記載金額金九、七〇〇円を加算した合計金三万六、七〇〇円とみるのが相当であるから、右同程度の羽布の取引があつたものと推認できる。

2  原告は、長岡羽布製作所からの仕入金額を金一四万〇、七五〇円である旨主張し、これにほぼ添うものとして証人五井健之介の証言によつて真正に成立したものと認められる甲第一号証(請求書)があるが、証人生田起の証言によると原告は本件処分に対する異議申立、審査請求に際しては、現金仕入額の認定に不服を述べるだけで長岡羽布製作所からの買掛仕入額については、積極的に不服を述べていなかつたことが認められるので、この事実に証人五井健之介の証言を併せ考えると、甲第一号証は五井健之介(長岡羽布製作所経営者)が、後日原告からとくに頼まれて、しかも本件訴訟に提出する目的で作成したものと推認できるから、右甲第一号証の記載内容はにわかに信用できず、原告と長岡羽布製作所の前記取引につき、前項の認定額を超えて、原告主張額を裏づける資料としては採用できない。

また、前掲乙第七号証、証人五井健之介、五井市郎の各証言、原告本人尋問の結果(一回)中には、前頁の認定額に反し、原告主張の仕入額を裏づけるかのような部分があるが、これらはいずれも信用できず、前項の認定を覆えすにたりる証拠となり得ない。

さらに、原告本人尋問の結果(一回)によれば、原告は、他の同業者よりも、質の良い洋食器を研磨することが多く、そのため原材料も良質のものを多めに使用することがあることが認められるが、この一事からただちに前項の認定の取引額が不合理になるとはいえないから、これも前記認定を妨げる事情たり得ない。

そのほか、前項の認定を覆えすにたりる証拠はない。

三、治田正枝について

1  成立に争いない乙第一〇ないし第一三号証、官署作成部分については、その方式および趣旨により真正に成立したものと推定でき、治田正枝作成部分については、証人治田正枝の証言により真正に成立したものと認められる乙第四号証、第五号証、第八号証、証人生田起、塚田成雄の各証言、原告本人尋問の結果(二回)および弁論の全趣旨を総合すると、治田正枝はかつて研磨業の下請をしていて昭和三五年ころこれを廃業したのであるが、昭和三六年末か昭和三七年ころ、原告に対し原材料の残品、青棒を五本くらい売渡したこと、しかし、原告に売り渡したのは、それだけであつて、それ以降は青棒の研磨の原材料を売り渡したことはなかつたことが認められる。

2  原告は、治田正枝から昭和三九年分として金七万八、〇〇〇円相当を仕入れた旨主張し、証人治田正枝の証言によつて真正に成立したものと認められる甲第三号証(証明書)には、これに添うかのような記載があるが、前掲乙第五号証によれば、右甲第三号証は、治田正枝が原告から「迷惑をかけないから」と、とくに頼まれて止むを得ずこれを承諾し、原告の指示されたとおりの日時、取引内容を記載したもので、治田の手持ちの資料や正確な記憶にももとづくものでないことが認められるので、これをもつて前項の認定を妨げる資料とすることができない。

また、証人治田正枝は、「他から借金のかたに取つた青棒、白棒を、昭和三九年中に原告に対し金七万八、〇〇〇円相当売渡した。乙第四号証、第五号証、第八号証(同証人の聴取書)は、いずれも、自己のうその供述にもとづくものである。」旨の証言をしているが、同証言は右借金の貸主、金額、返済方法等具体的な内容や右乙号証の聴取書をとられる際係官にうその供述をした動機等については非常に瞹眛であつて、この点に関する限り同人の証言はまつたく信用できない。

さらに、甲第一〇号証をもつて、原告は治田正枝との昭和三九年分の個々の取引の際、そのつど同人が記帳して作成した帳簿の一部であると主張し、証人梨本勝夫の証言、原告本人尋問の結果(一回)中にはこれに符合する部分があるが、これらはにわかに信用できず、かえつて同号証の記載内容ならびに弁論の全趣旨から考えると、同号証はその主張のように個々の取引の都度作成されたものとは到底認められず、後日一時に作成されたものであるとさえ窺われるから、これも採用できない。

そのほか、前項の認定を覆えすにたりる証拠はない。

四、坂上某について

原告は、甲第五号証の一ないし七(領収書)をもつて、坂上某が、原告との青棒などの取引の都度、作成したものである旨主張するが、この点に関する原告本人尋問の結果(二回)は信用できず、他に右書証の成立を認めるにたりる証拠はない。

そして、証人生田起の証言によれば、原告は、本件処分に対する審査請求の段階で、坂上某の取引については主張していなかつたと認められること、本件訴訟でも右甲号証を除いて、何んら資料が提出されていないばかりか、坂上某なる人物の居所さえも判明しない(実在の人物か否か判明しない。)ことなどから考えると、原告が坂上某との間にその主張のような取引をしていなかつたと推認せざるを得ない。

そして、他に右推認を左右する証拠はない。

五、以上のとおり、別紙(二)記帳の番号1、3、5の仕入先からの仕入の有無、額は被告主張のとおりであるから、他の点については当事者間に争いがない以上、本件処分は適法というべきであり、これに瑕疵あるものとして取消を求める本訴請求は理由がなく失当であつて棄却を免れない。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大塚淳 裁判官 泉山禎治 裁判官 佐藤歳二)

別紙(一)

<省略>

別紙(二)

<省略>

別紙(三)

<省略>

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